広島高等裁判所岡山支部 昭和38年(ネ)51号 判決 1963年12月06日
控訴人 原告 日下正一
被控訴人 被告 岡山県人事委員会
主文
原判決を取り消す。
控訴人の本訴を却下する。
訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。
事実
控訴人は「原判決を取り消す。被控訴人が控訴人に対し昭和三二年八月七日付で同月九日なした控訴人の被控訴人に対する被控訴人委員会議事録閲覧請求を却下した処分は無効であることを確認する。右請求が理由のないときは予備的請求として、被控訴人のなした右却下処分を取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人代表者は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。
との判決を求めた。
当事者双方の主張、及び証拠の提出援用認否は、
控訴人において、
一、議事録の閲覧請求に対する許否の処分はいわゆるき束処分であつて自由裁量処分と言えない。
き束処分とは、単に行政庁が法によって拘束されることを意味するのではなく、国民に対する関係において法に拘束されることをいう。けだしき束処分であるかどうかは、裁判所により国民に対しその処分が違法であり、その争いが法律上の争訟として審査判断さるべきものであるか否か、また法律的価値判断作用としての条理に従い、一義的な判断を抽出しうる場合であるか否かによるものである。
ところで控訴人は被控訴人委員会の議事録閲覧を請求するについて法律上保護さるべき権利ないし利益を有し、この権利ないし利益は、それ自体が地方公務員法に基づき職員に保障されたものであり、同法が一方において職員に対し労働組合法の適用を排除し、団体協約を締結する権利を認めず、また争議行為をなすことを禁止し、労働委員会に対する救済申立の途を是認していないことに対応し、地方職員の身分を保障すべく、人事委員会に対して不利益処分に関する審査の請求を認めているのであるから、控訴人は右審査手続の適法かつ公正を期するため議事録の閲覧を請求しうる権利ないし利益を有し、議事録を閲覧しうることをもつて、人事委員会の単なる恩恵によるものと言いえない。
そうすると議事録の閲覧請求については、法律的価値判断作用としての条理に従い、一義的な結論を抽出しうべきものであるから、右請求に対する許否の処分はいわゆるき束処分であつて自由裁量処分でない。
二、議事録の閲覧請求に対する許否の処分が、仮りに自由裁量処分であるとしても、本件却下処分はその自由裁量の範囲を逸脱してこれを濫用するものである。およそ行政処分は常に国家若しくは公共団体の何らかの目的を実現するためになされているところ、右許否の処分の目的は、もともと憲法第二八条に由来し、「適切かつ公正に、職員の福祉および利益を保護」(地方公務員法第四一条)し、地方公共団体の行政の民主的かつ能率的な運営を保障し、もつて地方自治の本旨の実現に資すること(同法第一条)にあるのであるから、本件却下処分が自由裁量処分であり、かつ形式上その裁量の範囲内でなされたとしても、右目的に反し自由裁量権を濫用するものとして無効であり、少なくとも取り消さるべきである。このことは、控訴人が昭和三一年四月二七日本件同様議事録の閲覧を請求したところ、被控訴人がこれを許可し控訴人に閲覧させた事実からみても明らかである。
と述べたほか、原判決事実摘示と同一である(ただし原判決二枚目裏一一行目の「同日」を「同三二年七月二二日」と訂正し、同一〇枚目表五行目の末尾に「同第八号証の成立は知らない。」を加える。)からこれを引用する。
理由
控訴人の本訴請求は要するに、「控訴人はもと岡山県事務吏員であつたところ、昭和二七年四月二二日付で岡山県知事三木行治から免職処分を受けたので、昭和二八年一月一八日付をもつて被控訴人に対し右免職処分について不利益処分の審査を請求し、その審査中である昭和三二年七月二二日被控訴人に対し議事録中控訴人の右審査手続に関する部分の閲覧を請求したところ、被控訴人は同年八月九日、同月七日付文書をもつて右閲覧請求を却下した。しかしながら控訴人は審査請求の当事者として、被控訴人委員会の適法かつ公正な審査手続のもとで、不利益処分に対する審査決定を受けうる権利ないし法律上の利益を有しているから、これを適切かつ充分に行使すべく、被控訴人に対しその審査に関する議事録の閲覧を請求しうるのであつて、被控訴人のなした右閲覧請求に対する却下処分は無効であるか、または少なくとも取り消さるべきである。」というのである。
そこで先ず右の議事録閲覧請求に対する却下処分が、果して行政処分と言いうるかどうかについて考察する。
昭和三七年法律第一六一号による改正前の地方公務員法(以下単に地方公務員法という。)第五〇条第一項前段によると、人事委員会が地方公務員に対する不利益処分に関する審査の請求を受理したときは、直ちにその事案を審査しなければならないと定め、なお公開の席上で口頭審理をなすべき場合について、同法第五〇条第一項後段により明文でこれを規定しているけれども、その他審査のための箇々の手続については、地方公務員法自体にこれを定めることなく、同法第五一条により、右手続はすべて、人事委員会が同法第八条第四項に基づき制定する人事委員会規則に委ねているので、右審査は、地方公務員法によるほか、人事委員会が自律的に制定した規則に依拠して遂行されるわけである。
そして地方公務員法第一一条第三項によると、人事委員会の議事は、議事録として記録して置かなければならないと規定されているけれども、右議事録に記載すべき事項及びその程度については、同法に何らの定めがないので、人事委員会規則によるべきところ、昭和二六年八月一三日岡山県人事委員会規則第六号不利益処分に関する審査に関する規則第八条第一〇項・第九条第六項によると、議事録で概括的に議事の経過及び内容を明らかにするため、議事の要領を記載すべきことが定められているのにとどまり、箇々の審査手続については、議事の公開についてすら、これを議事録に記載すべきことが明定されていないので、議事録を作成すべき人事委員会が(前記規則第八条第一〇項参照)、議事録にその議事の要領を記載するのに必要な限度で、箇々の審査手続を記載すれば足りるものと言わなければならない。
なるほど控訴人の主張するように、不利益処分審査の請求者は、その当事者として、審査決定の内容が正当であることについてだけでなく、その審査手続が適法かつ公正に遂行されることについても、重大な利害関係があることはいうまでもないが、議事録は、その性質上議事の経過(手続)及びその内容が時日の経過とともに不明に陥るのを防ぎ、これを後日まで保存して置くための一資料に過ぎないものであり(民事訴訟事件における口頭弁論調書、刑事訴訟事件における公判調書のように、これに記載された手続事項については、他の反証を許さないいわゆる絶対的な証明力があるものではない。)、更に前述のとおり、議事録には箇々の審査手続が逐一記載されているものではなく、議事の要領を記載するのに必要な限度で記載されているのにとどまるから、たとえ議事録を閲覧しても、それのみで審査決定にいたるまでの箇々の審査手続がすべて適法かつ公正になされているものであるか否かを知りうるものではない。
また地方公務員法にはもとより岡山県人事委員会規則にも、審査請求の当事者に右閲覧請求を許容した規定は存しないのであつて、控訴人においてその主張のように議事録を閲覧すべき権利ないし法律上の利益を有するものとは解し難い。
更に議事録の閲覧請求は、審査手続が適法かつ公正に遂行されているか否かを確認すべく、その資料をうるための手続に過ぎず、したがつて、右のような手続になんらかの瑕疵があるとしても、審査決定がなされるまでの段階で特段不服申立を許した規定もないのであり、結局当該手続における終局的判断たる審査決定がなされるのをまつて、その瑕疵がこれに影響を及ぼしたものであるとするときは、これを理由に、右審査決定に対して出訴(地方公務員法第八条第八項)すべきものであり、これにより審査請求の当事者として有する権利若しくは法律上の利益の保護に欠けるところはないものといわなければならない。従つて審査手続の派生的附随的事項である議事録の閲覧請求に対する却下処分により、審査請求の当事者として有する右権利若しくは利益が侵害されるものとは言いがたく、右却下処分は結局において行政訴訟の対象たる行政処分であるとなしえない。
よつて右却下処分が行政処分であることを前提として、右処分の無効または取消しを求める控訴人の本件訴は不適法として却下すべきであり、これと異なる原判決は取り消すこととし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第九六条・第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 柴原八一 裁判官 西内辰樹 裁判官 可部恒雄)
原判決は、行政事件裁判例集第一四巻第一号12参照。